カラマーゾフの兄弟〈第2-3巻〉 (1957年) (岩波文庫)

カラマーゾフの兄弟〈第2-3巻〉 (1957年) (岩波文庫) の詳細

二巻でカラマーゾフ兄弟間の性格が一段と敷衍されたエピソードが展開する。ただし、巻中に挿入された「ゾシマ長老の出自」が異風を放ち、読者は一条の光を頼りに人間的真実の深海を旅することになる。これよりさきにアリョーシャが次兄イヴァンの作品である劇詩「大審問官」をを披露され神の存在の是非を巡って二人の間で鍔迫り合いを交わす部分で、再生したキリストが現今のロシアの教会社会においては異端者に過ぎないとまで断じられる。この部分は創作とは言い条、大概の読者を一驚に興じせしめる。素朴な人間的真実の教えは、年代を追い教義化され様変わりした化け物の伽藍に鎮座すると言う警鐘は、ドストエフスキーの核心である。三巻は長兄ドミトリーの行動が中心に、いよいよ父フェードルへの金銭的怨みを募らせたが故の「父親殺し」？を仕出かす。もっともこれは第一巻の兄弟間の相関図で既に匂わせられていた犯罪予告でもあり、ここに至りついに意を決した。犯罪に至るドミトリーの、生活周辺に疑念を抱く心理的不安や焦燥感は、ある種読者の同情を呼び寄せる情緒的筆致に偏するきらいはあるものの、全く意に介さない。犯行後、ドミトリーは何かに解放され酩酊の極致に捉われたように、モークロエに豪遊する。本人の弁を信用するなら、豪遊の夜が明けてのち、自殺を覚悟した最期の晩餐である。ことに最初ドミトリー避けていたグルーシェンカが酒席に溺れながらドミトリーを介抱しつつ同情的になり、酔いに感けて純粋な一個の女の心情をぶちまけるドストエフスキーの描写力は真に感動的である。ドミトリーはついに官憲に捕縛された・・・巻終、澱んだロシア社会の葛藤を背景に生きる下層の人々。ゾシマ長老の勧めから隠遁生活を拒み市井に身を投じたアリョーシャではあるが、思春期を向かえる子供たちとの係わりを機に大人びて悪ぶるコーリャなる少年をして、その行動に清流を感じながら見守る一章は、第一巻々末と同様カラマーゾフの重要なファクターである。